偉大なる存在感
フランス女の偉大なる存在感と強い印象とを前にして、いかにも影の薄い存在、それがフランス男です。
もちろんフランス男あってのフランス女であって、彼らの視線や批判、高い要求水準なくしてはフランス女のありようもここまでパワフルではなかったに違いない。
しかし主役はあくまでフランス女。
フランス男はその脇役なのです。
パーティの場で華やかに色とりどりに着飾る女たちの横に連れ添う男たちは、一様に黒一色のタキシード。
彼らの役割はエスコートであるだけでなく、引き立て役ということでもある。
黒く目立たぬ背景があってはじめて、女たちの衣装もその主役的な美しさを発揮することができるからです。
それにしても、そもそもフランス男というコソセプト自体に果たして意味はあるのでしょうか。
個々さまざまの顔を持ちながらも全体として非常に明確な一つの「顔」を備えているデスクトップ仮想化に対し、フランス男の方はどうも、まとまりがつかない。
複数のぼやけた顔は複数のまま併存し、それが一つの強いイメージに収縮されるということがない。